

零式艦上戦闘機62型、人間魚雷「回天」などの実物資料で戦争の悲惨さや平和の大切さを伝えます。
呉で培われた材料をつなぐ技術や目標へまっすぐ進む技術などは、現在の宇宙ロケット製造技術にも引き継がれています。
九三式魚雷は、それまでの魚雷の欠点であった射程距離の不足、航跡発生の問題を解決するため、燃料酸化剤に純粋な酸素を用いていました。この酸素魚雷を太平洋戦争までに実用化できたのは日本だけでした。
開発に成功したのは呉海軍工廠魚雷実験部で、水雷部がおもに製造を担当していました。
九五式二型魚雷は、これを小型化したものです。
呉海軍工廠を中心に研究開発された特攻兵器「回天」は、海軍の青年士官から提案されたものです。平均年齢21歳の100名以上の尊い命が失われました。
全長9メートル、重量2.5トン、乗員1名
零式艦上戦闘機の開発には、広海軍工廠で研究・開発された技術が活かされました。機体全てを金属で製作する技術、運動性重視から主翼を片方だけで支える強度維持の技術、桁と外板で主翼の強度を保持する技術などは、日本国内では広海軍工廠からはじまりました。
「海龍」は飛行機のように翼を使って自由に潜航・浮上する事を目指して呉海軍工廠などで潜航実験や研究・開発が行われた小型潜水艦です。
全長:17.28メートル、水中速力9.8ノット、乗員2名
戦艦「大和」などで使用された46センチ主砲弾や、戦艦「陸奥」などで使用された41センチ主砲弾をはじめとした各種砲弾や火薬缶などを展示しています。